サロン・ド銀舎利

言えぬなら記してしまえとりあえず

家訓がなけりゃ始まらぬ

夫との摩擦がしばしばあり、何が良くないのか考えていたところ、単純な原因に気づいた。我が家は基本方針が夫婦間で共有されていなかったのだ。

そのため、わたしは「当然こうあるべき」という態度で夫になんやかんやを依頼・指示し、夫はわたしの居丈高な態度に腹を立てることがパターンとなりつつあった。わたしの「べき」はいちおうわたしなりのビジョンに基づいて生じたものであり、「なぜそれが必要なのか」と問われれば納得いく理由を説明する自信があった。それなのになぜこの人はわたしの指示に素直に従わないのだろう、仕事の意義について興味を示さないのだろうと不思議に思っていたが、そもそもこの家庭でのリーダーをわたしが務めるというコンセンサスが取れていなかったことに考えが及んだ。

相手から見れば、わたしはリーダーである自分に文句ばかり言うメンバーで扱いづらいと感じていたのかもしれない。

少なくともわたしは、夫のことを職務放棄するうえに口答えするけしからん部下だと思っていた。

お金のこと、子育てのこと、親戚付き合いのこと、家事の手順や室内レイアウトなど、家庭運営に関わる雑事を今のところほぼ全てわたしが方針づけ夫の同意を得た上で進めていたつもりだったのが、夫は自分が決裁権を持っていると思っていたのかもしれない。わたしがリーダーのトップダウン経営なのか、夫がリーダーのボトムアップ経営なのか、そこが共有されていなかった。

今週夫は(勝手に!)出張へ行ってしまい、離れて過ごすので、まずはお互いの理想とする家庭像について考えてみようという提案をした。

わたしはそのあたりのすり合わせをしてから結婚したかったのだが、夫が激務すぎて言い出せずにいるうちに子供ができてしまい、実際的な手続きや引越しや出産準備に追われるうちに子供が産まれてしまい、今に至った。わたしは石橋を叩き壊したい派なのに対し、夫は石橋ではなく流れ橋を渡りたい派なので、今回のように石橋のひび割れが見つかった段階が対処のしどきとして丁度よい頃合いではあったのかなと思う。これが世に言う結婚の難しさなのか。

正直、息子を連れて実家に帰るのがわたしとしては楽だし安心だ。実家は裕福とまでは言えないが、広い家があり、両親も健在、頼れるきょうだいもいる。母親に頼りつつ息子を保育園に通わせ、わたし一人の給与で息子を養うことはじゅうぶん可能だ。

ではなぜ、わざわざ故郷を遠く離れ、核家族でワンオペ育児をしているのだろう。夫とは結婚式をしていないので特になんの神さまにも誓ってないし、プロポーズ的な依頼の内容も「子供を産んでほしい」だったので既に叶えてしまった。それでも、突き詰めればいてもいなくてもいい他人である夫と寝ぐらをともにするのはなぜなのか。まあ、その辺りを本人に丁寧に伝えられればと思っている。そのうえでお互いが納得できる法度を定めたい。息子は18年もすればどっかにいなくなるけど、夫はその後もたぶんいるからな。