深い海から見上げた色は
「トイレ行ってきます!」と彼女は言ったのだ。
瞳は丸く、顎が小さい。細いくせ毛がかった髪は前髪もアップにし、形の良いたまご型の輪郭には薄化粧をしている。胴は薄いが肩はしっかり幅があり、洋服を着せるためのハンガーのような華奢な体は普段のカジュアルな私服でも体育用のジャージでも、彼女を垢抜けて見せた。
苦手だな、と思った。
教室の真ん中で運動部の男子やダンス部の女子と、いつも幼女のような甘えた調子で話していた。もちろん、一人称は彼女自身のファーストネームだ。
すごく、苦手だ。
世のセオリーではそのような女生徒は学業が芳しくないものだが、無慈悲な神もいたもので、ここではまるで違うのだ。
お金持ちで、垢抜けて、成績もよく、人気者。極めつけは、性格がいい。
二物どころの騒ぎではない。ここは見本市だ。神様から嫌というほど贔屓されたブツブツまみれの天才たちがひしめき合う、なんとも嫌味な見本市だ。
神話の世界のような教室の隅にあるのは秀才たちの掃き溜めだ。ふつう「秀才」は掃き溜まらないのだが、そもそもここに凡才は存在しない。そういう高校だった。
高校2年のわたしといえば、授業のほとんどを寝て過ごし、試験は追試の常連、ファッションも子供っぽくパッとせず、漫画の貸し借りやイラストの見せ合いをして文化系の人たちと怪しく楽しくモゾモゾうごめく「シュードラ」だった。教室が水族館で人気の暖流水槽であるならば、わたしは間違いなくナマコ担当だ。
子息令嬢の多いこの高校にあって、こと男女交際において先進的だったのはむしろこちら側のクラスタだ。卒業後の同窓会でエンゼルフィッシュやクマノミから話を聞いたところ、その点においてわたしは彼らから一目置かれていたらしい。つらすぎる。何度でもいうが、セックスは偉くない。消えろわたしの優越感。
さて、冒頭の彼女であるが、授業中におもむろに手を上げ、「トイレ行ってきます!」と宣言するのだ。1度ではない。月に1回程度の頻度で彼女は物怖じせず授業中にトイレに立った。
脳が処理しきれない情報だった。ファッション雑誌でポースをとっていても違和感がない彼女の見た目と、授業中に40人の前で自らの排泄行為を宣言する彼女の行動。それらが統合を失い、断片的な情報として頭の中を漂う。
わたしはもう、彼女に夢中だ。
彼女と親しく話をするようになったのは、わたしが髪を赤茶色に染め、献血できるかできないかの適正体重までダイエットをした頃、2学期末試験の物理の追試のあたりだ。理系科目だけが苦手な彼女と、体育以外は満遍なく苦手なわたしをつなぐものは、いつもの追試だけだった。はずだった。
「マンガ好きなんだよね?」
丸い瞳を眩しいほど輝かせてそんなふうに話しかけてきた彼女の態度は、彼女の取り巻きの熱帯魚たちに向けられるものとまったく変わらず、根っから卑屈なわたしはただもう「ありがてえありがてえ。女神様が話しかけてくだすった。」と念仏のように心でつぶやいた。
彼女が大のマンガ好きで、仲の良い女子同士で回し読みしてはお戯れなさっていたことは知っていた。わたしは淀んだ水槽の底から視界の片隅にその様子を見上げていたもの。
この子の視界の中ににわたしがいるんだ、というのが不思議でならなかった。今思えば何ということはない。彼女の世界は水槽なんかではなく、本物の広い海だったのだ。ガラス越しに誰に見られるでもなくただ自由に泳いでいて、たまたまそこにほんの少し視認しやすい波長域の色がついたわたしを見つけたのだろう。
わたしは彼女と話してみたかった。仲良くしてもらいたかった。美しい色を見るのは大好きだ。
それから、彼女がいつもの眩しい仲間と離れた瞬間を狙って、わたしは自分から彼女に話しかけるようになった。彼女はいつも率直で明るく、少しわがままで親切だった。わたしはナマコだと思っていた自分の体に泳ぐためのヒレがついていた事を知った。眩しい岩礁まで泳ぐ体力はなかったが、心地よい程度の水圧を感じながら、鮮やかな腹びれが時折近づくのを楽しみに待った。
クラス替えとともに、彼女とは廊下で手を振りあう程度の距離になってしまったけれど、わたしは以前より少し泳ぎがうまくなり、太陽の光に少し目が慣れた。
多様で色とりどりの豊かな海域での3年間が終わる頃、わたしは大きな決心をした。
「次の海で、わたしは彼女になろう。」
くせ毛のように髪を巻き、コンタクトに薄化粧、胴の厚いわたしにも似合うAラインのスカートに少しヒールのある靴でキャンパスの浅瀬から深海まで、好きなように泳ぎまわるのだ。あの海で彼女がそうしていたように。
あんなに豊かな海ではないが、わたしの新しい海にガラス越しの見物人はもういない。