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サロン・ド銀舎利

言えぬなら記してしまえとりあえず

トラブル転じて点稼ぎ

事務所の近くで事故があった。わたしは怖いから遠巻きに見て見ぬふりでやり過ごそうと思ったのだが、他のメンバーががっつり助けに行ったので、渋々と、ワンピースでいうとウソップくらいのテンションでわたしも人助けに一枚噛むことになってしまった。トホホ。

 

幸い、重篤な怪我人は出ずに済んだのだが、車両の被害が著しく、あわや炎上となるところであった。

そういう状況で、人助けに走れる人はすごいなあと思うのだが、今回いの一番に走ったのは普段から多動気味でわりと非定型発達グレーゾーンだなぁと思って見ていた人だったので、臆病な自分とその人を比べて自己卑下することに意味はないのかなと思った。

わたしはわたしが気付いたことをやればいいやと、自己当事者たちに上着をかけたり温かい飲み物を配ったり、所謂「女性的」なケアに徹したのだが、まあ、それでいいや。わたしの中の女子と少し和解した。

 

さて、公共工事では地域貢献という評価項目がある。顧客評価を稼ぐという意味で今回の人助けはかなり好印象だろうということで、早速ぽんち絵にまとめ、仲間の武勇を報告書にまとめた。

俯瞰で見ていたからこそ、こういう報告書の文言がすらすら出てくるもので、それもわたしの役割の一つだと思った。因みに、ちゃっかり状況写真を撮っていたのは、件の走り出しっぺの人だった。彼はやはりどこか頭のネジがとんでいる。

 

そういえばむかし、仕事上のトラブル発生時、当時の上司に言われたのは「なんでお前はそんな冷静なんだ」ということだったが、出来事とそれを見ている自分とが切り離されるような感覚がしばしばある。「何でも他人事のように話す」とも言われた。虐待サバイバーの解離症状ですと説明すればそうなんだけれど、負の遺産とはいえ、これは業務上とても役に立つので結構気に入っている。虐待のサバイブ能力と仕事上のスキルはわりと近いものがあってやりきれない。

 

それにしても、事故を起こしてしまった方が茫然自失で青白く固まっていたのが、目に焼き付いて気分が悪い。多くの人にとって加害者であることはとても辛いことなのだ。

しかし、多かれ少なかれ、故意でも過失でもわたしたちが誰かに何かに害を及ぼさず生きるのは非常に困難である。

その加害性に自覚的なぶん、わたしは善人よりは偽悪的な人物の方がまだ安心する。

最近のインターネットは無敵の善人が多すぎて窮屈だ。