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サロン・ド銀舎利

言えぬなら記してしまえとりあえず

春の三陸珍道中

東北旅行は私のライフワークである。
この6、7年は毎年どこかしらに訪れている。昨年は春に青森県津軽地方、秋に山形県蔵王福島県会津を訪れた。
これから行きたいリストとしては、青森県下北半島、青森と八戸の縄文遺跡、岩手県の盛岡近辺、龍泉洞秋田県田沢湖周辺、山形県出羽三山福島県猪苗代湖など、まだ何十年もかかりそうである。

岩手県三陸地方は、震災前から行きたいとは思っていた。しかし、交通の便が気難しく時間もお金も非常に多くかかるためなかなか足が向かずにいた。足踏みしているうちに5年前の津波である。
それ以来、三陸には「遊びに行っていいのかな?歓迎されないのでは?」というイメージが張り付いてしまった。
わたしは警戒心が強く底意地の悪い性格であるため、自分をベースにして一般的な他人の心を想像するとどうしても悲観的になってしまう。「何の苦労も知らない余所者が呑気に遊びに来てからに!」という類の拒絶感を想像し、へらへらとレジャーに行くことで誰が傷ついたり嫌な思いをするのではないかという心配で頭がいっぱいになる。もちろん、現地でお金を使い、経済的に貢献することが直接的にためになることだというのは知識として知っている。しかし、それは一歩間違えれば「行ってお金を使ってやる。ありがたく思え。」というスタンスのような誤解を招きやすく、訪れる側が主張するには危うい理屈でもある。
旅行に行きたいから行く、本当はそれだけでよいのだろうが、付随するものが複雑すぎて、わたしはやはり三陸地方を意図的に避けていた。

しかし、この春その複雑な事情を吹き飛ばす強い目的が発生した。
親戚の縁や、何かの祭りなど、土地や時期に大きな強制力のはたらく事情ではなく、ほんとうに単なる個人的な趣味の領域だ。
それは、釣りである。

釣り仲間が仙台に転勤してしまい、しばらくご無沙汰していたが、この5月はどうしても自然の中で思い切り遊びたい気分だったのだ。
長い連休をとった。連休の前半は休養に充て、気力も体力も満ちたころ、よいしょと釣竿を背負い新千歳から飛ぶこと1時間、仙台空港へ。
さて、仙台市にほど近い松島湾も防波堤釣りには適したロケーションだ。しかし何しろ大都市近郊なので釣り人も多く魚の警戒心も高い。わたしのような素人では、雑魚もかからない可能性がある。
また、少し足をのばした石巻津波の被害が大きく、港湾のほとんどが工事現場となっているようだ。相棒はいちど行ってみたが坊主を叩いていると言っていた。

そこで、わたしから2泊3日の三陸リアス海岸ファイトを提案した。日本海側という手もあったのだが、釣り人にとって三陸海岸とはロマン溢れる魚の楽園なのだ。
相棒は「震災後の」仙台にやってきた余所者として多くの傷に直に触れているため、三陸という地名に少し躊躇いをみせたが、たっての願いに応じてくれた。
もともと三陸はとりわけアイナメをはじめとする根魚の聖地。瓦礫の撤去や港湾の整備もいくらか進んだ今、魚たちも静かな暮らしを取り戻してきているのではと思い(まあ、釣りというのは魚たちの静かな暮らしを脅かすものなのだが)すこしばかりお邪魔させていただいた。
そもそも釣りというレジャーは漁師の方たちからみれば仕事の邪魔だし、針を落とせばゴミとなるし、海にドボンと落ちれば海上保安庁のお世話になるし、釣られた魚はびっくりしてかわいそうだし、考えればきりがないほど傍迷惑なものである。せめて、マナーを守り、安全と環境に配慮した釣り人であろうと意識しつつ、地元の方々や海の神様から大切な資源をお借りして楽しませていただいている。そういうスタンスであることをまずエクスキューズしておく。

結論からいえば、釣果はすばらしく、自然は美しく、人々はたくましく、見るもの全てに心を動かされた。
いかなる意味付けもむなしいほどの現実がひたすらに続いていた。

山田湾では湾内いっぱいに牡蠣や帆立の養殖棚が並び、道の駅も飲食店も大盛況である。
釜石では、巨大な防潮堤の建設が夜を徹して行われ、地元の温泉宿には作業員の長期滞在を示唆する張り紙が。
クロソイは食欲旺盛、身の丈ほどあるルアーに齧りつく。透きとおった海には緑なす海藻の森と、森の住人ムラサキウニ
ヘラクレスが南の空で巨大蟹を踏みつぶすころ、赤く細い下弦の月が東の空に顔を出す。
早朝には海上保安庁の職員たちの掛け声、国道45号線は岩手ナンバーの家族連れで溢れる。
斜面には仮設住宅の軒先に洗濯物が並び、単管バリケードのアニマルガードは数え切れない賑やかさで立ち並んでいる。
目まぐるしく変わる道路の位置にカーナビは追随できず、新しい路盤は滑らかで、ところどころに残された主なき瓦礫とのコントラストが印象的であった。

旅好きの知人はみんな言う。
「旅先で想像する。ここで生まれ育ったら、わたしの人生はどんなふうになっていたのだろう」

わたしは決まって言う。
「あんがい今と同じようなことしてるよ、きっと」

嘘のように穏やかな海と白い切り口の断崖がつくり出す南リアスの海岸線。鳴り響く重機の音に、わたしは2度ほど大きく頷いた。



今回の旅の教科書にした
三陸たびガイド」