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サロン・ド銀舎利

言えぬなら記してしまえとりあえず

断り下手のぎこちなさ

断る努力をしている。

わたしはいわゆる間抜けなお人好しで、面倒な頼みごとをついついいつも引き受けてしまう。また、聴覚情報の取捨選択が出来ないので、こちらで解決策を持っているような問題を立ち聞いては他人の話に首を突っ込んでまでおせっかいをやいてしまうこともある。
そうしないと、役立たずは木槌で殴られて殺される妄想の世界では生きてゆけないのだ。った。
しかし、毎日何時に会社に来れるかわからない人になってしまった現状でもまだ殺されてないので、今後も多分大丈夫なような気がするのだ。
薬の副作用なのか、治りかけだからなのか悪化しているのかPMSなのか、よくわからないのだがとにかく毎日イライラする。
必要性を感じない面倒な計算の依頼を「できない」と断り、行きたくもない同窓会の幹事の依頼を「断る」と断った。どちらも一番の理由は依頼の仕方が気に入らなかったからなのだけれども。

お金がもらえるビジネスの話は、多少面倒だったり見積りが苦手でも、チャレンジしたい気持ちがわく。それは逆に「やるぞ!」という心の栄養になる。

直感は理屈より正しい。というよりも、直感の正しさを固めるためにわたしはいくつでも理屈をひねり出せる。頼み方が嫌だなと思うのは、乱暴に言えばその人が嫌いだということだ。嫌いな人の言うことを聞いて、嫌いな人と一緒に何かをする時間はわたしにはもうない。

同窓会の幹事というのはBtoCのビジネスをやっている人間であれば頼み込んででもやりたい仕事だろう。または、政党関係や宗教関係の人間である。理由は簡単で、個人情報収集が捗るからだ。その辺りの下調べをせずにいきなりBtoBの技術職である(FBのプロフィールにそう書いてあるはずだ)わたしに何の儀礼的手順も対価の提示もなく頼んでくるようなとんまと何かを取り組むのなどストレスでしかない。わたしは普段なかなかピンと来ない人たちと仕事をしているが、それはその集団にわたしの神経質さを高値で売りつけているからだ。
わたしはあなたのこと、もうチェックしたよ。生命保険の営業、うまくいってる?

わたしに何かを差し出せる人としか今は付き合う余裕がない。それは、一言のねぎらい、プロによる誇らしげな苦労話、知らなかったかっこいいバンドの情報、食事や買い物のサポート、高度なダジャレ、社畜同士の深い共感、目の前で成長してゆく姿、ヤクルトの差し入れ、なんだっていい。
なにもくれないなら、わたしは断る理由さえ差し出さないよ。