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サロン・ド銀舎利

言えぬなら記してしまえとりあえず

システムトラブル発生中

心の健康維持は本当に難しい。

電子機器の場合、警報ラインはメインの線から分けて、メインシステムの不具合について独立した立場から観測させるようだ。(生業だが専門外なのでよくわからん)
しかし、人の心の場合は観測装置とメインシステムが不可分なので、「まだ大丈夫」が全く当てにならない。
おそらく身体的な不具合がその観測装置の役割を担っているのだが、壊れたメインシステムが容易にその異常値を改ざんしてしまう。
わたしもその改ざん機能に優れたシステムを搭載しているので、基本的にはずっと壊れたまま稼働している。もしかすると、元々ただ性能が悪いだけなのかもしれないが、それはもう第三者に判断してもらうしかない。

というわけで、システムメンテナンスをはじめました。
とりあえず内科を受診して器質的な不具合報告をしたら、やはりシステム上の不具合だろうからそっちのお医者さんにかかった方がよかろうとのこと。
症状を説明しているうちに、不具合の多さに自分でもびっくりした。
その後、システムを修復するタイプの専門科を直接訪ねて予約した。わりとケロッとして行ったので受け付けの方に間違って来院したのではと確認されたが、辛そうにして見せて相手に同情されたりとか、そういう情緒的なやりとりが面倒なので勘弁して下さい。
しかしこれでは詐病に見えたかもしれない。で、こういう妄想がシステムトラブル特有の症状ですよね。知ってる知ってる。
自分がおかしくなっているときの文章は、前回の大規模トラブルの時にはあまり残せなかったので、今回はなるべく残しておくようにしたい。コンテンツとしては、長く楽しめる類のものだと思うから。

そしてこういう他人事みたいな感覚も外圧に対する何かの適応機制なのか何なのか、自分ではわからないのだ。
ひとまず、わりと健やかな時の自分が決めた基本方針を実行するのが困難になってしまった以上、実行力を補強するか、方針を転換するか、その両方かだ。
現状を見ないのがいちばん非合理であり、即ち基本方針から逸脱する。
前回はここのところで、現実の否認をしてしまったためトラブルの規模が膨れ上がった。過去の反省を活かさないことは唾棄すべき怠惰である。そしてこの怠惰を許さない姿勢もまた、システムトラブルの賜物だ。わたしの中の(観念上の)ドイツ人が幅を利かせ、イタリア人が縮こまっている。見よこの堂々めぐり思考!一人大相撲春場所である。

元々のシステムの性能が悪いことがわかればその性能に合わせた運用をするし、一時的な不具合であれば復旧をする。そのための現実的な一歩をやっと踏み出す気が起きた。長かった。今回の一人太平洋戦争は原爆が落とされる前に耐え難きを耐え忍び難きを忍び、ポツダム宣言できた。その時おれの歴史が動いたのだ。


あやうくメインシステムからシステム停止を命令する信号が出るか、電気の供給が絶えてしまうところだった。

とりあえず、システム停止だけは避けたい。
まだまだ実装したい機能も供給したいサービスも沢山あるから。
それだけ伝えて、医者の言うとおりにしよう。あーでもドックには入りたくないなあ。泳ぐのやめたら死んじゃう!わーん!!