サロン・ド銀舎利

言えぬなら記してしまえとりあえず

サインコサインありがとう

モノを作る仕事をしている。
サインコサインを教わったおかげで飯が食えてるので、ご老人様方におかれましてはどうか今後も女性に理系教育を施していただきたい。

さて、モノを作る仕事は同時に、壊す仕事でもある。
これらは一見、相反することに思える。
でも、「壊れないモノ」を作るためには、何度も何度もあらゆる力を加え、頭の中で、紙の上に絵を描いて、計算でそれを壊す。
雪の重み、暴風、地震
鳥がぶつかるかもしれないし、工事中に作業員が踏むかもしれない。

壊して壊して、いちばんやさしい壊れ方をするモノをつくりだすのだ。
ぐにゃりと曲がって致命的な部分を守りながら壊れるモノだ。

こんにち、構造力学の研究はほんとうにすばらしく発展している。
コンピューターによるシミュレーションで、3次元的な解析が容易になったからだ。
最先端のモノだけではない。
数十年に一度の頻度で悲惨な破壊が訪れる国にあって公の機関が定期的に更新する構造設計の指針には現時点でいちばん人に優しいモノのつくり方が書いてある。
そこに書かれたことを念頭に、素直に材料を組み合わせれば、壊れにくくかつ、やさしく壊れるモノができあがる。
わたしを含む、数多の凡人がそのレシピをもとにモノを作る。

構造設計者はなにか神様に近づいてゆく存在なのだとわたしは思っている。
バベルの塔は裁きを受けたが、スカイツリーブルジュ・ハリファも今のところ無事だ。
高層建築を見るとついつい「バベってるね~罪深いね~」という感想が漏れる。

残念ながらわたしはバベってはおらず、竈の前で聖書を読みながら麦粥が炊けるのを待つようなちっぽけな市井の信徒である。
それでも、すこしでも自然の理にかなった、美しいモノがつくりたい。

美しいものをやさしく壊す想像をするのがわたしの仕事だ。
壊れないものなんてないから、せめて、やさしく。