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サロン・ド銀舎利

言えぬなら記してしまえとりあえず

率直に言ってくれなきゃわからない

わたしは、好きなタイプを聞かれたら「わたしの言うことをよく聞くひと」とこたえる。あなたの言うことだってよく聞くわ。ただ、わたしの言うことも よく聞いてほしいってこと。

その回答を茶化したり、呆れたりする人がいるけど、「聞き上手が好き」の接頭語って「わたしの話の」だとおもうんだけどそのへんどうなんですかね。

 

最近、「家に入れたら暗黙OK」問題が巷を賑わせた。わたしにもちょっとした思い出があるので書いてみようと思う。いっちょ噛みだ。

 

「密室にふたりきりで相手の男性の想いが溢れてしまう状況」になってしまったことは、これまでの人生で数えるほどはある。こちらの片思い、相手の片思い、既に付き合っている相手、パターンはちがえど。

こちらが「ちょっと待ってほしい」と言ったらやめてくれたひとは、その後に「ごめん」と謝ってくれた。前より余計に好きになった。ここで頭を下げるのは勇気がいることだと知っているからだ。それにこちらの言うことをよく聞いてくれたからね。こっ恥ずかしいけどいわゆる思い出の1ページというやつだ。

 

待ってくれなかった人もいた。誘われるまま彼の家へ遊びに行ったのは2度めだった。目の色が変わった彼に「待って」と告げたが、待ってはくれなかった。「一人暮らしの家に呼ばれてホイホイ行ったわたしにも落ち度はあるし、嫌いでもないし、まあいいか。ながい人生こんなこともあるさ。」と思って受け入れた。事後に彼に告げた。「ところで、好きだとも付き合いたいとも言われてないけど、わたしは独占欲強いし『そういうお友達』には向かないタイプだよ。かといって、今は誰とも付き合うつもりはないんだけど。」彼がどんな顔をしてそれを聞いていたかは覚えていないが「言った」と控えめに反論されたことは覚えている。なんか変だなあと思ったがその場でそれ以上は追求しなかった。

その2週間前のことだ。

彼から「月が綺麗ですね」というメールが来たので、わたしは少し怪訝に思いながらも月の写真を撮って送った。彼が気障な愛の告白をしたことにも、自分がOK サインを出していたことにも、その時はまるで気づいていなかったのだ。「思わせぶりな態度で相手の純情を踏みにじってしまった」可能性に気付いたのは、彼と最後に会ってから2年以上後のことだ。

彼が遊び人だったのか、純情だったのかわたしにはわからない。頼んでもいないお節介をやかれたこと、 デートにお金を持ってこなかったこと、趣味の良い映画や写真集をたくさん見せてくれたこと、1回目の来訪時は2本あった歯ブラシが2回目には1本になっていたこと、ねだってくるものがタバコ1本から生活費になっていったこと、一つ一つの意味はわからないままだが、わたしとは育った環境や大事にするものがすごく違うんだなと漠然と思っていた。そして、それを1つずつ確かめあって、すり合わせていくような関係を構築するのは煩わしいなとも思っていた。

その頃、わたしは精神的にひどく弱っていて、とにかく誰かの執着が自分に向けられることを欲しがっていた。また、金や地位を持たない年上の男に施しを与えて優越感を覚えていた。他の遊び相手と比較しては値踏みをしていた。みじめな女と手癖が悪い男のよくあるつまらない話だ。彼はわたしとの小さな約束を何度かやぶり、わたしは彼の「恋心」に気づきながらもそれを無視し続けた。その後何度かのデートのあと連絡が途切れて彼とのおままごとは終わってしまった。わたしはこの経験について美化も自虐もする気になれない。ただ、「あんまり向いてないな」と思った。

 

世の中にある男女の悲しい事故について一概に「どっちもどっち」と言うつもりは毛頭ないし、わたしだってコミュニケーションのプロトコルが違いすぎる人間に対しては誘われた段階でお断りして、ふたりきりにならないような自衛を講じる。ただ、世の中にある加害性というものについて鈍感であるのは嫌だというだけだ。それの所有格が一人称でも二人称でもだ。わたしもあなたも、相手を傷つける武器を持っているなら、小さな怪我で済ませつつ大怪我を避けていきましょうということだ。どちらかが大怪我しそうなら、いっそ離れましょうということだ。「選球眼」は本当に大事だと思うし、弱さや欲はそれを曇らせると思う。

 

わたしはすごく鈍いうえにネガティブなので、遠回しな表現でのやりとりが苦手だ。「君みたいな女性、好みだ」と言われたら、余裕で自分に似たタイプのほかの女性を紹介するだろう。”みたいな女性”ってことは、そこに自分は含まれないと解釈するのが妥当だ。「君が好きだ」と言われてはじめて「まあそうだったの!?」となる。

ただでさえ苦手でイライラするので、あまりやられると、それを逆手に取って攻撃したくなる。

既婚男性の「もっと深い関係になりたい」という要望に対しては、「具体的にはわたしは何をすればいいんですか?”もっと”ということは現在と同じベクトル上での値の増大のことだと解釈しますが、現在の関係性についてお互いの見解が違えばベクトル値を増やしても明後日の方向へ行ってしまいます。まずはそのあたりのすりあわせを行いましょうか。」と答えた。仕入先担当者の「家に寄ってもいい?」という質問に対しては「わたしの家に何の用事ですか?いま、わたしの部屋はなにか事件めいたものを想起させるほど散らかっているので、片付ける時間がほしいのですが、あなたが何をするかによって片付ける程度を決めます。お茶を飲んだりするならば最低でも掃除に1時間くらいはかかると思います。(本当)」と答えた。彼らからは二度と誘われることはなかった。

 

他人との小さな事故を繰り返しながら、今では守備力の高い人と空気を読まない人だけが周りに残っている。ナイーブな人や遠回しに気をつかえる人に近づくのは今でもほんとうに恐ろしい。彼らが繊細に積み上げたトランプをわたしのくしゃみで崩してしまうのが恐ろしい。おやゆび姫とモグラは睦めないのである。でもそれはそれでいいと諦めている。猫に追いかけられたり、ミミズを食い散らかしたりしながら、ああ、おれはモグラだなあと思いながら、土の中でほかのモグラと気楽に仲良く生きていくのだ。ミミズからの抗議に対しては、もう、ごめんねとしか。

おれモグラだから、ミミズを大切にするやり方よくわかんないんだよ。