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サロン・ド銀舎利

言えぬなら記してしまえとりあえず

モヒカンとトムとジェリーとケンシロウ

この世はこわいところだ。気を抜けば痛いこと苦しいこと不快なことが鎌首をもたげてにょろにょろと這い寄ってくる。

 

家を出れば暴走した車に轢き殺される。電車に乗れば隣のサラリーマンが意味不明な言葉で喚き散らしてくる。会社につけば同僚から財布を抜き取られる。夕飯を外食すれば毒を盛られる。家路につけば道行く人がナイフを持って襲ってくる。家の前につけば黒いワンボックスカーに引きずり込まれる。家のドアを開ければ不審者が待ち構えている。布団に入れば無数の虫が体中を這いまわる。

そんなことを想像しながら警戒して生活している。わたしにとっての世界はこういうものだ。

実家での会話だ。

「最近買ったiPad、普段持ち歩いているの?」

「え?会社になんか持って行ったら盗まれるかもしれないじゃん、持って行かないよ」

「えっ?そんな人がいるの?」

「ええっ?どんな人でも信用なんて出来ないよ。」

上司も同僚も後輩も社内メールでわたしの失敗をあげつらい、容姿を馬鹿にし、独身であることをからかい、給料はピンはねされ、成果は横取りされ、不祥事の責任を押し付けられる。ある日リンチに遭い、手足をもがれなぶり殺される。

そういう心配をして暮らしている。毎日とても疲れる。

家から一歩も出なければ?

稼げなければお金はなくなり、家は取り上げられ、他人の世話にならなければならない。生殺与奪を握った人間がわたしを虐待しない保証はない。尼崎や北九州のように搾取され、尊厳を奪われ、コンセントの電気ショックで殺される。

他人は凶暴な獣あるいは狡猾な魔女であるが、普段は善良な仮面をかぶっている。何故か。それは他人にもわたしの内面の凶暴な獣と狡猾な魔女が見えるからだ。コミュニケーションとは脅し合いだ。

 

 

というようなことのちょろっと、ほんの片鱗、バニラブルーの蓋をあけるための取っ手の部分くらいを人に話すと、大抵の場合は悪趣味な冗談だと受け取られてしまう。それか、「た、大変だね…。」である。そうだよ大変なんだよ。あなたとは違うのですよ。「疲れてるんじゃない?」ならばわたしは、生まれた時から疲れている。

本当か?本当にこの善良なプラスチックの仮面を被った人たちはガタガタ怯えずに田舎の太った柴犬のようなのんきな暮らしをしているのか?いや、そうやってわたしを油断させておいてある日突然魔女裁判にかけるつもりなのか。

わたしはテレビのニュースを見ることが出来ない。残酷なニュースが流れるからだ。しかし世の中は動物園で仔熊が生まれたニュースと同列にそれを扱い、同じ程度の話題として世間話に溶かしこむ。まるでトムとジェリーである。プレスされてぺしゃんこのトムに空気を吹き込めば遠くへ飛んでいくが、次のカットでは元通りのトムがネズミを追いかけ、また谷底へ落ちてゆく。次の週にはまたトムがネズミを追いかける。そこに「取り返しの付かないもの」は何一つない。

北斗の拳をわたしはよく知らない。ただ、あの世界でわたしは暴力に怯え、モヒカンから身を潜めて生きなければならないだろう。絶世の美貌を持たないわたしがそこで生き延びるためには、役に立つ知識を餌に強いものにおもねり、暴力の傘に隠れることが不可欠だ。現代のこの国と同じやり方だ。そうしなければ「取り返しの付かないもの」はつぎつぎ奪われ失われてゆく。北斗の拳の世界で生き抜くやり方でわたしは生きている。

 

 

わたしはよく歯が抜ける夢をみる。焦って抜けた歯を何度も元の場所にくっつけようとするがうまく行かず途方に暮れる。夢だということは気づいているんだ、早く覚めてくれ。

 

 

ケンシロウはあらわれない。わたしは手斧で武装しながら弱いものに囁くのだ。俺に逆らうな俺に逆らえばお前の取り返しの付かないものを1つずつ奪う。俺にはその力がある。あの猫もネズミも俺がやったんだ、わかるな?悪いことは言わない、俺の言うとおりにしろ。

どんなに斬りつけても叩き潰しても脳漿はおろか血の一滴も流さない。わたしの手斧からはピコピコと気の抜けた音がするだけだ。

わたしはモヒカンの跋扈する世界で手斧を手に、途方に暮れる。夢だということは気づいているんだ、早く覚めてくれ。

ネズミが猫に喰われるシーンは、まだ見たことがない。

ケンシロウは今日も来ない。